サッカーW杯カタール大会の日本代表の三笘薫選手。
初戦のドイツ戦で強豪相手に勝利するなど三笘薫選手は大活躍でしたね!
そんな三笘薫選手は筑波大学出身とのこと。
- 三笘薫は筑波大学に推薦入学していたという事実
- 頭はいいのか?
- なぜ進学したのか?
気になる三笘薫選手について調べました!
もくじ
三笘薫は実際頭がいいの?
実際に三笘薫選手の学力については詳しくは分かっていません。
けれど高校卒業後でもプロ入りを十分果たせる実力がありながら、大学進学を選んだ三笘薫選手。
- 筑波大学で幅広い知識を身につけて将来の選択肢を増やしていること
- 卒論で自分のドリブルを徹底的に考察し、論理的に分析していたこと
などを考えると、三笘薫選手の考え方や学びの姿勢が頭がいい人って感じがしますね!
具体的に見ていくと、
三笘薫選手の筑波大学の卒論のテーマは
「サッカーの1対1場面における攻撃側の情報処理に関する研究」
とのこと。
サッカーコーチング論研究室に所属していた三笘が卒論のテーマに選んだのが、「サッカーの1対1場面における攻撃側の情報処理に関する研究」だった。
後輩に協力してもらって、
熟練者、準熟練者に分け、視覚から得た情報とドリブルの成否や因果関係を考察する
といった内容だったんだそう!
三笘薫選手のようにきちんと頭で考えられて、それを正確に体現できる人はなかなかいないような気がします。
筑波大学の小井土正亮監督は、三笘薫選手について「すごく真面目」「最後まで自分で考えるタイプ」と話していました。
すごく真面目でしたね。テーマも自分で決めて持ってきましたから。ドリブルするときの視線が他の人とは違うという仮説を立て、グラウンドで実験し、一生懸命に検証していました。最後まで自分で考えるタイプで、すぐに『どうしたらいいですか』と聞きに来ることはなかったです
今三笘薫選手が活躍しているのも、筑波大学での研究があったからかもしれませんね。
三笘薫は筑波大学出身で頭いい!?学部や偏差値は?
三笘薫選手は筑波大学の学部は『体育専門学群』に進学したのち、プロ入りを果たしました!
- 〒305-8577 茨城県つくば市天王台1丁目1ー1
- 体育専門学群の偏差値:63
筑波大学は茨城県つくば市にある国立大学です。
1872年に創立され、長い歴史と伝統を持つ日本で最も古い大学の一つとなっています。
偏差値63だなんて、相当偏差値の高い学部に三笘薫選手は通っていたのですね!
この『体育専門学群』について、筑波大学のHPにはこのように記載されています。
「体育専門学群では、体育・スポーツ・健康に関する最新の科学的研究成果を活かしながら、指導者の養成を目指しています。」
三笘薫選手はサッカーだけでなく指導者としての幅広い知識を学んでいたようです。
また三笘薫選手、筑波大学で学んだことをスポーツ雑誌で話していました。
「体育学を学んでいて、運動生理学、栄養学など、競技に生きる勉強は凄く大事にやっていますし、“回復”に目を向けるようになりました。これまではプレーや練習ばかり意識をしていたけど、より論理的に身体に気を配れるようになりました」
サッカーだけでなく、運動生理学や栄養学などスポーツ選手に欠かせない知識を身につけていたようです。
さらに筑波大学は大学のサッカー界では超名門校。
筑波大出身では同じく元プロサッカー選手の通称「ゴン中山」こと中山雅史さんなどがいます。
三笘薫選手が筑波大出身なので、今後さらに筑波大学の注目度があがりそうです!
三笘薫は推薦で筑波大に入学?!
実際のところ、三笘薫選手が筑波大学に推薦で入学したのかは残念ながら分かりませんでした。
しかし、
- 筑波大学の体育専門学群の推薦入試の条件に当てはまること
- 出身校が川崎市立橘高校であること(偏差値44〜58)
- 高校3年生の夏に筑波大学の練習に参加していたこと
といったことから、筑波大学に推薦で入学した可能性が大いにありますね!
1つずつ詳しく見ていきましょう!
①筑波大学の体育専門学群の推薦入試の条件に当てはまること
三笘薫選手は、筑波大学の推薦入試の条件を満たしていることから、推薦で入学した可能性が!
筑波大学の公式HPには、体育専門学群の推薦入試の条件をこのように記載してあります。
「一つの運動種目に抜群の技能を有し、かつ、本学群における十分な修学力を備え、将来健康・体育・スポーツの分野で活躍が期待できる者」
引用:筑波大学HP
三笘薫選手は川崎フロンターレU-10から下部組織に所属。
高校卒業後は川崎フロンターレのトップ選手になると確実視されるほどの実力者だったそう。
三笘薫選手は十分に推薦入試の条件に当てはまっており、推薦入学するには申し分ない逸材といえるのではないでしょうか!
②出身校が川崎市立橘高校であること(偏差値44〜58)
三笘薫選手は、神奈川県川崎市立橘高校出身であることからも、筑波大学は推薦で入学した可能性がありそうです。
三笘薫選手が川崎市立橘高校出身であることは、川崎フロンターレのHPから判明!
所属チーム経歴
東京ヴェルディスクール(東京都) ─ さぎぬまSC(神奈川県) ─ 川崎フロンターレU-10 ─ 川崎フロンターレU-12[川崎市立鷺沼小学校(神奈川県)] ─ 川崎フロンターレU-13 ─ 川崎フロンターレU-15[川崎市立有馬中学校(神奈川県)] ─ 川崎フロンターレU-18[川崎市立橘高校(神奈川県)] ─ 筑波大学(茨城県) ─ 川崎フロンターレ引用:川崎フロンターレ
川崎市立橘高校の偏差値は、偏差値は44~58くらい。
公立高校では中くらいの学力といったところでしょうか。
さらに高校時代は川崎フロンターレのU-18に所属しており、遠征などもあったはず。
一から大学受験を目指すのは、相当厳しいところがあったのではと想像できますね…!
このことから、三笘薫選手が学力ではなく推薦で筑波大学に入学したと推測されているようです。
③高校3年生の夏に筑波大学の練習に参加していたこと
三笘薫選手は、高校3年生の夏から筑波大学の練習していたことから、筑波大学に推薦で入学した可能性も!
というのも、高校3年生の夏に川崎フロンターレの監督陣と面談をした時には、すでに筑波大学の練習に参加していたのだとか。
面談前に筑波大の練習に一度参加していて、その後に(筑波大の)小井土正亮監督から連絡がありました。
引用:Number Web
監督陣は
当然高校卒業後は川崎フロンターレに入るものだ
と思っていたそうなので、相当びっくりしたんだそう。
三笘薫選手は、筑波大学のサッカーは
- 練習の質とレベルが高い
- 環境も整っていたことが魅力的だった
と雑誌のインタビューで話しています。
(3:30~)
のちに筑波大学側から三笘薫選手に入学のオファーをしているため、推薦入学の方が自然と考えられます!
筑波大学の体育専門学群の推薦の倍率は1.3〜1.6倍だそうです。
定員数は例年88名で、130名程の募集があることになります。
推薦入試とはいえ、スポーツの実力だけでなくある程度の学力と総合的な知識が必要そうですね!
三笘薫が筑波大学に進学した理由は?
三笘薫選手が筑波大学に進学した理由は、
- プロでやっていく自信がなかったから
- 人間的な成長も視野に入れたかった
だそう!
三笘薫選手、スポーツ雑誌でこのように話しています。
はっきり言って、当時はプロでやっていく自信がありませんでした。1学年上の三好(康児)選手や板倉(滉)選手の姿を見て、客観的に考えたときに、トップでやれる自信が決定的に足りなかった。その現状から、将来を考えると筑波大に行った方が良いと思ったんです。
もちろん周りから見れば十分三笘薫選手もプロに通用する実力者だったはずですが…
客観的に自分に足りないものを考え、将来のために大学進学を選んだ三笘薫選手。
とても視野が広くて客観的に物事を考えられるのはすごいですね!
さらに筑波大学の練習に参加させてもらったことも大きな進学のきっかけとなっています。
「サッカー選手としての現役時代はそんなに長くないですし、その先の方が長い。人間的な成長も視野に入れて考えると、“ここしかないのでは”と思っていました」
当時進路に悩んでいた三笘薫選手にとって、筑波大学との出会いは運命的なようですね!
まとめ
今回は三笘薫選手について調べてみましたが、いかがだったでしょうか。
真面目でストイックで、自己分析に優れているように感じられましたね!
今後の三笘薫選手の活躍に期待したいと思います!
ご覧いただきありがとうございました!
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